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神戸地方裁判所 昭和31年(ワ)245号 判決

原告 友繁武夫

被告 株式会社葵商店

主文

別紙目録記載の家屋は原告の所有であることを確認する。

被告は原告に対し右家屋につき神戸地方法務局兵庫出張所昭和三一年三月一五日受付第四、八八一号をもつてされた同年二月二五日売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因として、原告は昭和三〇年一一月八日訴外岸本善七に対し金七〇〇、〇〇〇円を弁済期昭和三一年二日七日、利息は利息制限法所定最高利率毎月七日翌月分前払、遅延損害金年三割六分と定めて貸与し、同人はこれが担保として将来建築すべき家屋を、つまり建築完成まではその建築材料、完成と同時にその家屋を譲渡する、但し被告が右債務の弁済を怠つたときは、原告において右物件を処分して清算する旨約した。ところで、右家屋、すなわち、別紙目録記載の家屋(以下、「本件家屋」という。)は昭和三〇年一二月二五日完成したので原告は本件家屋を取得した。そこで、原告は昭和三一年三月一二日当裁判所に前記契約を原因とする本件家屋所有権移転の仮登記仮処分命令を申請しその命令を得たが、翌一三日、登記官吏の錯誤により、所有権移転請求権保全の仮登記の記載がなされた。

しかるに、被者はこれより先同年二月二五日右岸本から本件家屋を買受けたとして主文第一項記載のように同年三月一五日その旨所有権移転登記を経由した。しかして、その後登記官吏は職権をもつて前記「所有権移転請求権保全」仮登記の記載を「所有権移転」仮登記に訂正した。ついで、原告は昭和三二年一月一七日前記仮登記の前記昭和三〇年一一月八日付契約を原因とする所有権移転本登記を経由した。

したがつて、原告の右本登記は前記仮登記の順位となるので、原告は本件家屋が原告の所有であることの確認、及び被告に対し前記所有権移転登記の抹消登記手続の履行を求めるため本訴に及んだ、と述べ、立証として、甲第一号証の一、二、第二ないし第七号証を提出し、証人藤田正躬の証言を援用し、乙第一、三号各証の成立を認め、同第二号証は不知、と述べた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、原告主張のような各登記がなされたことはこれを認めるが、その余の事実はこれを争う。すなわち、原告が岸本善七と原告主張のような契約をしたことは知らないが、かりに、原告が右契約により本件家屋をその完成とともに取得したとしても、被告は昭和三一年二月二五日岸本から本件家屋を買受けたが岸本名義の所有権保存登記がなかつたので、直接被告名義に所有権保存登記をするため、同日まず神戸地方法務局兵庫出張所に対し本件家屋につき家屋台帳登録申請をしたところ、原告は同出張所登記官吏に対し本件家屋はさきに岸本から原告において譲受けたものであるから右申請を受理しないようにと申入れたため、右登記官吏は同年三月九日何ら正当の理由なしに右申請を却下した次第であつて、要するに、原告は不法に妨害して被告の右保存登記をさせなかつたものであるから不動産登記法第四条により被告の該登記の欠缺を主張することができない。つまり、原告は、被告が本件家屋を取得したことを否認することはできない。

かりにそうでないとしても、原告のいうように当初本件家屋につき原告名義に所有権移転請求権保全の仮登記がなされていたところ原告には右仮登記の原因、つまり所有権移転請求権がないから右仮登記は無効である。なお、右登記官吏はその後恣に右仮登記を所有権移転の仮登記にその登記簿の記載を訂正しているが、右訂正は不動産登記法第六三条等に違反してなされたものであるからその効なく、依然として所有権移転請求権保全の仮登記が現存するものとして取扱わねばならない。

したがつて、被告は右所有権移転の仮登記が有効であることを前提とする原告の本訴請求には応じられない、と述べ、立証として、乙第一ないし第三号証を提出し、証人岩田春之、山田正光の各証言を援用し、甲第一号証の一、第二、三号証、第五ないし第六号証の各成立を認め、その余の甲号各証は不知、と述べた。

理由

成立に争のない甲第一号証の一、同第二号証、弁論の全趣旨により成立を認めうる同第一号証の二によると、原告は昭和三〇年一一月八日訴外岸本善七に対し金七〇〇、〇〇〇円を弁済期昭和三一年二月七日、利息は利息制限法所定最高利率、毎月七日翌月分前払等と定めて貸与し、同人はこれが担保として将来建築すべき家屋を譲渡すべく、弁済を怠るときは原告においてこれを処分して清算する旨約したが、右家屋すなわち本件家屋は昭和三〇年一二月二五日完成したので(その完成とその日時は当事者間に争がない)、原告は本件家屋所有権を取得し、ついで、昭和三一年三月一二日当裁判所において本件家屋につき前記昭和三〇年一一月八日付契約を原因とする所有権移転の仮登記仮処分命令を得たが、昭和三一年三月一三日神戸地方法務局兵庫出張所の登記官吏は、本件家屋につき「昭和三〇年一一月八日代物弁済契約に基く神戸地方裁判所の仮登記仮処分命令を原因とする所有権移転請求権保全仮登記」と不動産登記簿に記入したことが認められる。

被告は、これより先本件家屋について所有権保存登記をしようとしたところ原告は不法に妨害して右保存登記をさせなかつた、と主張し、成立に争のない乙第一、三号証、証人藤田正躬、山田正光(一部)の各証言によると、被告は昭和三一年二月二五日岸本善七からその所有の本件家屋を代金四〇〇、〇〇〇円で買受けたが、未登記のため直接自己名義で所有権保存登記をしようと考え、まず同日前記出張所に対し家屋台張登録申請をしたところ、登記官吏は同年三月九日被告が本件家屋を建築取得したことの認定資料がないものと判断して右申請を却下したことが認められ(右認定に反する右山田の証言は信用できない)るが、右却下が原告の妨害行為によることを認めうる適確な資料がない。もつとも、原告が同年三月九日同出張所に対し本件家屋が原告所有であるから原告以外の者の右登録申請等を受理しないようにされたい旨申入れていることが弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第四号証によつて窺いうるけれども、かかる申入を不法とする理由は認められないのみならず、右登記官吏がこの申入によつて前記申請を却下したことは認めうる資料はない。したがつて、被告の右抗弁は採用できない。

しかして、被告が本件家屋につき昭和三一年三月一五日前記同年二月二五日売買による所有権移転登記を経由したことは当事者間に争ない。成立に争のない甲第二、第五ないし第七号証、前記岩田春之の証言によれば、原告は同年六月一日前記出張所に対し前記「所有権移転請求権保全」仮登記は「所有権移転」仮登記の明白な誤謬である旨申入れたところ同所登記官吏は始めて前者の記載が錯誤によるものであることを知り、右登記原因が裁判(仮登記仮処分命令)であるため所定の手続によらず直ちに前者の記載中「請求権保全」の五字を削除して「所有権移転仮登記」に訂正したことが認められる。

被告は、右訂正は無効であるから所有権移転請求権保全仮登記が存するにすぎないところ、該仮登記はその原因を欠く無効のもの、と主張するので検討する。

前認定のとおり、右登記簿には、仮登記の登記原因として、「昭和三〇年一一月八日付代物弁済契約に基く当裁判所の仮登記仮処分命令」(同日付契約の性質が代物弁済契約ではなくして、譲渡担保契約であることは前認定事実によつて明らかであるが、原告がその所有権を取得したこと自体には差異がないから右仮登記仮処分命令の効力に影響はないと解する)が記載されている。したがつて、右記載を一見するとき、それは所有権移転請求権保全の仮登記(不動産登記法第二条第二号)ではなくして、所有権移転のそれ(同条第一号)であることは何人も容易にこれを知ることができる。一般的に登記簿上の記載を綜合するとき一見明白となる事項は登記がなくてもその真正の権利をもつて第三者に対抗しうるわけであるから(大正一四・一二・二一大審院判決・集四巻七二三頁参照)、登記簿の記載自体からして一見登記の錯誤が明白である以上、かかる錯誤の更正については利害関係ある第三者においてこれを承諾すべき義務があるものと考える。したがつて、本件の場合において、もし被告が右登記の更正につき原告から承諾を求められたときは、承諾の義務があるものといわねばならない。故に、登記官吏は不動産登記法六四条五六条等によりその更正登記をなすべきであつた。ところが、前記登記官吏はかかる方法によらずに、前認定のように、その誤謬を直ちに訂正したのであるから、右訂正は不動産登記法上違法というほかはない。

しかし、登記簿の違法な訂正をもつて常に無効であると即断してはならない。その違法の程度が重大でなく(違法の段階性)、しかも、その訂正の結果が権利の実質関係に符合・一致する場合は、何人に対しても不測の損害を与えるものではないから、これを有効として取扱つても支障がないものと解するのが相当である。けだし、その登記によつて表示されるところが、実質的権利関係に合致するかぎり、手続上の瑕疵は治癒せられて登記は有効となるという一般的理論が、この場合にもあてはまると考えるからである。

そこで、これを本件について考えてみるに、前認定のように、前記登記官吏は本件仮登記の原因たる裁判に合致させる目的で前記訂正をしたこと、また前説示のように、もし更正登記をする場合においては被告は承諾の義務があることから帰納すれば、前記訂正の違法性はさほど重大ではない。しかも、右訂正の結果が、真実の権利関係に合致することは既述のとおりである。

してみると、本件家屋につき前記所有権移転の仮登記は有効に存在するものと断定せざるをえない。

そして、前記甲第七号証によると、原告は昭和三二年一月一一日右仮登記の本登記をしたことが認められる。

とすると、本件家屋は原告の所有である、といわねばならない。のみならず、被告は原告に対し前記所有権移転登記の抹消登記手続をなすべき義務があるものといわねばならない。

よつて原告の本訴請求を相当として認容し、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦)

目録

神戸市兵庫区塚本通二丁目三番の一地上

家屋番号一五番の四

一、木造瓦葺二階建居宅 一棟

建坪 六坪五合二勺

外二階坪 六坪五合二勺

木造瓦葺二階建居宅 一棟

建坪 四坪五合八勺

外二階坪 四坪五合八勺

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